「音楽の能力」の文化的バイアス
- Eiji TSUDA
- 2018年3月4日
- 読了時間: 4分
「音楽の能力は遺伝によって決定されている」という科学的知識には、強い違和感があります。「音楽の能力」としてどういう要素を切り出して判定しているのか、というところに疑義があるからです。
学校での音楽の成績の良し悪しなどで「音楽の能力」を判定されたらかないません。まして「あなたは音楽が得意ですか?」「あなたは歌を上手に歌えますか?」といった質問では、とても偏った音楽の能力しか問題にしていないことになるのではないかと思います。
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ちなみに、学校教育では、音楽の能力を広く捉えています。学校の音楽の成績の良し悪しでは音楽の能力は捉えられない、と私が考えるのは、能力を偏って捉えているからではなくて、そもそも音楽の能力を評価することなど容易でないと思うからです。
小学校の音楽の学習指導要領には、教科の目標として次のように書かれています。“表現及び鑑賞の活動を通して,音楽を愛好する心情と音楽に対する感性を育てるとともに,音楽活動の基礎的な能力を培い,豊かな情操を養う。”
音楽の能力は、たくさんの要素に分解できます。音楽表現に関する能力、音楽鑑賞に関する能力と大別した上でも、それぞれ能力はたくさんの要素によって構成されます。音感とリズム感はもちろん重要な要素ですが、それだけではありません。
私も音楽表現をすることがありますが、演奏する音楽の質以外に重要なパフォーマンスの質の要素ってたくさんあると考えています。表情、身のこなし、服装、そして何よりもオーラ。どれも音楽表現の重要な要素だと思うのですが、音楽の授業では評価が難しい要素だろうと思います。
音楽鑑賞に関する能力にも、いろいろな要素があります。重要なのは、自分なりの仕方で音楽を生活の中に取り入れて、生活を豊かにする力だと思います。j-popしか聴かないよりは、k-popも洋楽も、ロックもジャズもクラシックも楽しんで聴くことができたほうが、生活の中で楽しむ音楽の幅は広くなります。そういう意味では、いろいろなジャンルの音楽を「いいなあ」と思う力を育てることは大切だと思います。が、同時に「嵐命」「SMAP命」のような熱狂的なアイドルファンも、音楽を生活に取り入れて豊かな生活を送っているようにみえます。他のいかなる音楽も眼中にないとしても。
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たくさんある音楽の能力の要素の中で、私たちの生活の中で最も大切な能力は、音楽を楽しむ能力なのではないかと思います。音楽シーンにすべての人が参加する時代では、音楽を楽しむ能力がとても大切だからです。
ほとんどの人がプロフェッショナルな音楽に接することなく一生を終えていた時代から、テレビやラジオ、レコードからCDまでの媒体によってパッケージ化された音楽を消費した時代へ。そして現代ではプロフェッショナルな音楽をも断片化して私たちの鼻歌と同列に扱うことができるほど個人化した音楽消費の時代になったのです。音楽の楽しみ方もまた徹底的に個人化した時代に、私たちは置かれているのです。音楽表現と音楽鑑賞という二分法さえ、意味が薄れてきたと言えるかもしれません。
例えば、ロックのライブに行って、爆音の中で歌い踊るファンたちは、音楽鑑賞をしているのか音楽表現をしているのか、一義的に決められないように思います。また例えば、携帯端末に自分の好きな楽曲をフォルダに集めて並べ替えるという行為も、音楽鑑賞という意味を超えているように思います。こう考えると、音楽シーンにすべての人が参加する現代では、音楽を聴くことが能動的な行為になってきたと言うことができるのではないでしょうか。だから現代社会の音楽環境の中では、音楽と能動的に関わる能力、音楽を楽しむ能力が大切だと、私は思うのです。
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音楽を楽しむ能力もまた、たくさんの要素に分解できます。音の強弱を楽しむ、音の種類を楽しむ、自分で音を出すことを楽しむ、音程の違いを楽しむ、音の重なりを楽しむ、メロディーを聴いて楽しむ、メロディーを作り出して楽しむ、リズムを身体で感じて楽しむ、好きな演奏家の演奏を聴覚的・視覚的に楽しむ、歌うことを楽しむ、音楽を通して他者とコミュニケートすることを楽しむ、いい音楽を創る過程を楽しむ、いい演奏ができた満足感を楽しむ……。
そして、音楽を楽しむ能力というのは、人によって異なる形をもっているのではないかと思います。どのように音楽を楽しんでも、その人の自由であり、勝手なのです。
だから、こう思うのです。「音楽の能力は遺伝によって決定される」などとい科学的知識は、文化的バイアスに溢れているのだ、と。音楽の能力を規定しようとするところに、すでに強い文化的バイアスがかかっているのだし、また音楽の能力を測定するという局面で文化的バイアスは避けられないのです。
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