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緊張と緩和の魔術:You must believe in springをめぐって

美しいメロディーだなと私が思う曲は、だいたい哀しさが表現されている曲です。次のライブで演ろうとしている曲のひとつに、「You must believe in spring」というのがあります。Micheal LeGrandの曲です。彼の代表作には、だいたい哀しくて美しいメロディーがあります。

「シェルブールの雨傘」として有名な「I will wait for you」は、中学生の頃から大好きな曲のひとつでした。そういえば中学生の頃は、アルビノーニというバロックの時代の作曲家が好きでした。この作曲家の作るメロディーの多くも哀しみに溢れています。有名なのは「アダージョ」ですが、「オーボエ協奏曲ニ短調」も哀しくて美しい曲で大好きで、アンサンブルで演奏したくて楽譜を探したのを思い出しました。今に続くそういう感性が私の中で確立したのは、やはり中学生時代だったろうと思います。

LeGrandの曲は、これまでに他にも、「What are you doing the rest of your life」、「The windmills of your mind」も好んでレパートリーに加える曲ですし、「Summer knows」もいずれ演りたい曲です。どれも哀しくて美しいメロディーに惹かれる素敵な曲ですが、コード進行に驚くような動きはありません。AmからAへという転調などどこかにちょっとした捻りがあるものの、どちらかというとオーソドックスな枠に入っている曲たちです。

「You must believe in spring」。直訳すると「あなたは春を信じなければならない」。まあ、「君にも必ず春が来るよ」という感じでしょうか。心が折れている人を勇気づけようとしているという設定ですが、本当に心が折れている人は簡単に春を信じることなどできないわけですから、勇気づけている私も一緒に悲嘆に暮れる、という感じでしょうか。なんでこんな微妙なニュアンスを限られた音階とコードの組み合わせから生み出せるのでしょう。本当に不思議です。

この曲は、Bill Evansが弾いている演奏が有名です。

https://www.youtube.com/watch?v=FTlKzkdtW9I

だけど、個人的にはWayne de Silvaという人がサックスを吹いているこの演奏が好きです。

https://www.youtube.com/watch?v=fx5oNn-LjD0

この曲の魅力は何といっても半音転調でしょう。14章節目からという考えられない中途半端なところで知らぬ間に転調していて、元の調に戻る曲の頭でハッとします。だまし絵のような感じだなと思いました。私はコード譜を凝視しながら音源を聴いて、ようやく何が起こっているのか理解できました。

「I will wait for you」でも、Micheal LeGrandが直接演奏しているものを聴くと、半音ずつ転調していく手法を多用しています。次の演奏なんか、イマジネーションと技術に圧倒されるばかりです。終わり方にも驚かされます。

https://www.youtube.com/watch?v=zVbWnHER63U&t=0s&list=PL1F71D1B7B4C96B62&index=1

Jo-jaの仲間に教えてもらってからというもの、もう何度この演奏を聴いたことでしょう。昔だったら、レコードが擦り切れるまでという表現がありましたが、まさにそんな感じです。

大好きな落語家に桂枝雀という人がいます。私にとっては、神戸出身ということも魅力の一因ですが、笑いの芸術というのはなるほどこういうものなんだな、ということを感じさせてくれる落語家です。この人は、「いつも申し上げているんですが、笑いというものは、いわば緊張の緩和なんですね」とよく話しています。

緊張と緩和というのは、ジャズでも基本的な技法です。テンションコードから解決という言い方をよくします。哀しい曲の中で重要な役割をもつメジャーコードも、緊張の緩和の役割を担っていて、次に続く新しいマイナーコード進行での緊張感を高めるのだと思います。よく使われるもので例えば、Am→Dm→G→C→F→Bdim→E→Amという進行。特に真ん中のメジャーコードが、その後に続くテンションコードからマイナーコードへの解決というドラマチックな流れを演出していると感じられて、私は心を揺さぶられてしまいます。

「You must believe in spring」では、いきなりテンションコードから入り、4章節目、8章節目、12章節目のmaj7コードのインパクトが強く、緊張に戻っていくところで半音転調が待っているという流れが、寄せては返す波のように哀愁感を高めていきます。そして極めつけは、半音下に転調しつつテンションコードが待っている頭への戻り。振り出しがこうなので、緊張がデフォルトになるんですね。そうすると次に来るmaj7コードの緩和がさらに生きてくるのです。

こうして私は緊張と緩和の魔術にすっかりはまってしまうのでした。

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